Vloggerから考える完璧主義

中国よもやま話

知人に依頼された書評を執筆していたため

また少しブログ記事の更新をストップしていたのだが

(という言い訳)

それはさておき

最近、妻がしきりに動画編集に明け暮れている。

「Vlogger」とか言うらしいのだが、「Youtuber」との違いはよく分からない…

家庭の日常、子育ての様子、身の回りの事などを動画に撮って

編集して、中国SNSにアップするのは

中国では、日本の比ではなく、一般的になっていて

まぁそれはもう、SNSには無数のVloggerが溢れかえっている。

日常の記録、プラスアルファ、もし収益が発生したらラッキーという感覚だ。

(宝くじを買うよりは、よっぽど高確率で能動的、いったところか)

動画を撮って、身内に個人的に送るよりは

動画をSNS上にアップして、身内も見れるし、他人にも見れるようにして

あわよくば収益化したらラッキー、という感じでもある。

プライバシーに関する許容度の大きさがなせる業、とも言える。

さて、驚いたのは

動画編集に関する中国アプリの質の高さだ。

まず動画編集について言えば

私自身、Adobeのプレミアで動画編集をかじったことはあるが

中国アプリは、無料で、Adobeの初級者機能をすべて提供してくれている。

まったくの無料で、ごく簡単に、動画編集が楽しめる。

そして驚いたのが、字幕の自動生成機能だ。

もちろん中国語に限るが、動画の音声を自動認識して

字幕をつくってもらえる。

これは、動画を編集する側にとって

とても楽でありがたく、ニーズに応えてくれているものだ。

中国語には、これも日本の比ではなく、

地域による、多種多様のなまり、発音の違いが存在しているが

とりあえず、多少ミスはあっても、字幕自動生成をしてくれる。

「多少ミスはあっても」、ココがポイントだ。

動画編集する側にしてみれば、

字幕を0から1をつくるよりも

少しミスはあっても、とりあえず下地を作ってもらって

それを修正していく方が、はるかに楽なのだ。

だれも、「完璧じゃない!」と文句なんて言わない。

だって無料だし。

この「多少ミスはあっても」「ユーザーに喜ばれるサービス」をつくる事。

日本企業は、コレが極めて苦手だ。

どんなプロダクトでも、サービスでも、ある程度の「完璧」を求めてしまう。

だから、遅くなり、コストがかさむ。

しかし、日本では、無意識のうちに、どうしても完璧主義を貫いてしまう。

完璧主義の度合いを、使い分けられない、と言った方が正しいだろう。

それこそ、

この音声認識・字幕(文章)自動生成のサービスは

ある日本企業でも取り組まれたが、

なまりの認識精度が問題となって、すぐに取り潰された例を聞いたことがある。

しかし、必ずしも、ユーザーは完璧を求めていない。

ユーザーの求めていない完璧に固執することは、自己満足に他ならない。

何が必要か

何が、この場合には正しいか(ベターか)

ただの前例主義、完璧主義ではなくて

自分の頭で、ケースバイケースに判断できなければ

グローバル市場での競争には、まず勝ち上がっていくことはできない。

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