「シェア」がいかに異質か

マーケティング小話

シェアリング・エコノミー、

シェアリング・サービスの勢いが止まらない。

「車はいらない」「カーシェアを使うから」

「ブランド品はいらない」「使いたいときだけ借りるから」

『賢く、便利に、合理的に』

といったところだろうか。

タイムズ、ニコニコ、オリックスなどのカーシェア

Airbnbに代表される民泊

WeWorkやSpacemarketのような空間シェア

UBER、メルカリ、AirCloset…

シェアサイクル、スキルシェア…

200を優に超えるシェアリング・サービスが、日本だけでも存在する。

昔ながらの、TSUTAYAやGEOのレンタルビデオ・サービスだって

消費者個人が購入・所有せずに

企業の所有物を、お金を払って、期間限定でシェアさせてもらって利用する

という意味では、なじみ深い「シェア」と言えるだろう。

シェアの領域が、映画(ビデオ・DVD)や音楽(CD)から

あらゆる領域に広がりつつある、と考えれば

そう不思議なことではないのかもしれない。

しかし、これまでの経済成長や、ビジネスの発展、

あるいは消費者行動・心理の観点からは、明らかに「シェア」は異質な存在だ。

ビジネスは、消費者がプロダクトを購入することを前提としてきた。

そのために、より良い製品を、サービスを、と

ヒト・モノ・カネを費やして研究開発し、

提供し、顧客満足度と売上を高めてきたのだ。

そして、それらを「購入したい!」と願う消費者は、

所有欲(自分だけのものにしたい!)や

見栄(高価なもの、高級なものを身にまといたい!)、

嫉妬(『あいつ』がうらやましい!自分もいつかは!)、

張り合い(『あいつ』が持っているなら、自分も!)、

を動力源とした「欲求」を持つことで、購入を選択してきた。

人間は非合理的な生き物であり、生きていくために不必要だったとしても

所有、見栄、嫉妬、張り合いといった欲求を満たすために

食べ物、洋服、時計、車、家、に対して

お金を使い続けてきた。

恋愛、家庭、地位、これらも欲求に基づくものだろう。

そんな消費者がいるからこそ、企業はプロダクトを用意・提供して

売上・利益という形で、お金を稼ぎ、大きく成長を遂げてきた。

その前提を、「シェア」は根底から崩しかねない存在に思える。

と言ったら、いささか大げさすぎるだろうか。

シェアを利用する消費者が

<お金がないから、シェアを使うことで、合理的だと自分に言い聞かせている>

ならば、企業もビジネスのやりようがある。

だが、本当に、<純粋に合理性を追求している>

としたら、高価なものは売れなくなり、消費の量と額は落ち続けるだろう。

この心理や傾向は、世代によっても、国によっても、大きく異なると思う。

個人的には、シェアは、怖さを感じるほどに、異質な存在だと感じている。

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